コラム

葛藤を乗り越える 不登校・ひきこもりから抜け出すためのヒント

専門家によるアドバイス 不登校脱却のポイント

この記事は2018年6月に札幌市で行われた北海道大学学生相談総合センター副センタ―長、NPO法人メンタルコミュニケーションリサーチ理事長 齋藤暢一朗氏による講演の一部を採録したものです。

 

本当は学校へ行きたいけれども、このまま引きこもってもいたい――このように相反する二つの気持ちを抱える状態が葛藤です。葛藤を抱える本人は、どっちつかずで心が晴れず、とても苦しいのですが、それを前向きにとらえることが大切です。なぜなら、葛藤を建設的に乗り越えることは、不登校・ひきこもりからの脱却につながるからです。逆に、心に葛藤が生じていなければ、現状を変えようという気持ちは生じません。

葛藤は、ただつらいだけのものではありません。不登校・ひきこもりから抜け出すためのひとつの大きな契機でもあります。葛藤に向き合うことの大切さ、そして葛藤をうまく乗り越えるための条件をお話します。

■葛藤こそ、現状を変えるカギ


1980年くらいまでの不登校は、現在とは状況が異なっていました。当時は「子どもは学校へ行くのが当然」というのが生徒自身にとっても常識でしたから、不登校の生徒は「自分も学校へ行くべきだ。それなのに行けない。それがつらい」と強い葛藤を抱えていました。こんな場合は生徒を休ませて、気力と体力の充実を待ったうえで登校させるのが対処の仕方です。

ところが「無理に学校へ行かなくてもよい」という考えが多くの人に認められるようになった現在では、不登校の生徒に上のような強い葛藤は必ずしも見られません。したがって、ただ生徒を休ませる対処法では、事態は変わらず、かえって不登校を長引かせ、脱却が難しくなることも増えてきています。

それでも不登校・ひきこもりの生徒は、程度の差はあれ、「このままひきこもっていたい」と「いつまでもひきこもっていてはダメだ」という二つの思いに揺れているものです(下図)。「とにかく登校させる」もしくは「不登校なら仕方ない」――そんな二者択一ではなく、子どもの心にあるはずの葛藤に着目しましょう。それこそが現状を変えるカギになります。

 

■葛藤を回避しない


ひきこもりからの脱却が容易でないのは、現状を変えるよりも、今のままでよい理由を見つける方が簡単だからです。つまり、気づいているはずの葛藤を避けているわけです。これは別に不登校・ひきこもりの生徒に限ったことではありません。私たち大人にとっても葛藤の乗り越えは難しいものです。ダイエットや禁煙の実践などが、わかりやすい例でしょう。

ではどうやって子どもに葛藤を乗り越えさせるか。

一つは、現状を変えるべき理由や動機を着実に大きくしていくことです。「ひきこもっていたい」という心理の裏にある子どもの不安感を認めたうえで「ひきこもっていてはダメだ」「学校に行くことで成長できる」という子どもの意欲を励ます。親や先生には、こうした面のサポーターになってほしいと思います。ただし、急ぎ過ぎず、成果をすぐに期待せず、それでいて粘り強く取り組んでください。必要ならば、訪問支援などの力も使ってください。

子どもが悩む姿を見るのは、つらいことです。そのため安易に「無理して学校へ行かなくてもいいよ」と親の方から葛藤を回避させてしまうことが少なくありません。葛藤を回避したくなるところを踏みとどまって、親も子どもと一緒に葛藤に向き合ってください。

子どもにとって(おそらくは親にとっても)、葛藤の乗り越えは大きな成長の機会なのですから。

■心身の安全と健康を確保する


葛藤を乗り越える方法を具体的に話します。それは乗り越えに必要な条件を整えることです。やみくもに本人を葛藤させようと追い込むようなことはしないでください。

第一に「安全と健康」を確保してください。

学校でいじめや嫌がらせが心配されるようでは、子どもが学校へ復帰する思いになれません。担任教員をはじめ学校と連絡・協力して、本人が安心できる環境を確保してください。

そして、子どもの心身に不調がないことを確かめてください。たとえば、起立性調節障害のような、どうしても朝に起きられない自律神経の不調があっては、登校は困難です。必要があれば医療機関のケアを受け、心と体の調子をじゅうぶんに整えましょう。

もし家庭内暴力があるのなら、安全の確保が最優先です。親戚やカウンセラー、警察など第三者に相談し、事態の沈静化を図りましょう。暴力を他人が関知しない親子だけの問題にしておくと、いずれ暴力がエスカレートする傾向があります。

■生活の枠組み=ルールを決める


第二に「生活の枠組み」を定めてください。

学校に通っていれば、登下校の時間に合わせて、おのずと生活のリズムができ、一日の過ごし方も決まってきます。学校が生活の枠組みになっているわけです。ところが、不登校になると、この枠組みが無くなります。好きな時に起きて、好きな時に寝る。食事も自分だけ勝手な時間にとる。ゲームやスマホは、し放題。こうした生活に慣れきってしまうとし、学校という規律ある環境に戻る動機が小さくなります。つまり、大事な葛藤が起きにくくなってしまいます。

コミュニケーション力の退化にも要注意です。不登校に陥ると、子どもは家族以外の人と話をする機会がほとんどなくなります。家族は、子どもを気遣うあまり、食事や体調や小遣いなど、先回りして本人の意向を言葉にしてやるものですから、子どもは「うん」とか「いや」と言うだけで用事が足りてしまいます。これではコミュニケーションの力が、どんどん弱っていきます。結果的に葛藤を乗り越える力も弱くなってしまいます。

起床・就寝・食事の時刻を決める。家事の手伝いなど家庭での役割を持たせる。日常生活での用事については周囲があまり気を回さずに、本人に話をさせる。こういったルールを本人を交え、本人の理解のもと家族で取り決めましょう。こうした枠組みは、家族みんなで一貫させることが大切です。

■親も子も、リソースを持つ


第三に「リソース」を持ってください。リソースとは、問題解決にあたる人の活力源です。

不登校・ひきこもりの解決は長期戦です。解決の試みが一度ならず失敗することがあります。心身の活力が無いと、課題解決までがんばりきれません。親も子も、その活力が供給される時間や機会、つまりリソースを持つことが大切なのです。リソースがないと葛藤に取り組むことはできません。

心身が癒され、元気を回復できるもの、ポジティヴな感覚が得られるものであれば、リソースは、どんなことでもよいでしょう。音楽を聴く、本を読む、散歩に出かける、スポーツで汗を流す、友人とおしゃべりをするなど、ひとつではなく、いろいろあった方がよいです。不登校・ひきこもりを専門とする訪問支援者との関りも大きなリソースになります。リソースを増やしていくことで、不登校・ひきこもりの解決に取り組むための活力を親子で培っていきましょう。そして、葛藤を建設的に乗り越えていきましょう。

この記事は2018年6月に札幌市で行われた講演の一部を採録したものです。講演者の肩書などは当時のままとしています。

齋藤暢一朗氏
北海道大学 学生相談総合センター 副センター長 学生相談室長。 准教授。
学生相談室専任カウンセラーとして青年期の臨床を実践。その他に、臨床心理士として主に不登校・ひきこもり支援を専門。特に長期化事例に対して家族介入と訪問支援によるアプローチ方法を研究。医療、福祉、教育、司法領域での臨床歴。トラウマへの心理療法として、SE(Somatic Experiencing)、DARe(Dynamic Attachment Re-patterning experience) 、BSP(Brainspotting)、EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing )、PE(長時間暴露療法)、TFT(思考場療法)の実践を行っている。